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三ツ矢サイダー”三ツ矢の日記念イベント”

平成29年3月28日のイベントは終了しました

三ツ矢(328)の日 市役所南広場で、三ツ矢サイダー1,000本配布!
三ツ矢の歴史 1884年(明治17年)三ツ矢サイダーの歴史は「平野水」から始まりました。「平野水」とは兵庫県多田村平野(現兵庫県平野)の地で発見された湧き出る炭酸水。記録によると、味は甘酸っぱく刺激的で、渋みを帯びていたそうである。この炭酸水を瓶に詰め、「平野水」として1884年に販売を始めたことが、三ツ矢サイダーの出発点だった。 今も源氏と三ツ矢サイダーにまつわる伝説が残る。兵庫県  多田神社  拝殿〈国指定重要文化財〉※多田院は、源満仲公が970年(天禄元年)に創建したもので、「平野水」の源泉を含む一帯を寺領としていた。1871年(明治4年)に仏舎を廃し、多田神社となった。
「川西市と三ツ矢サイダー」(川西市と三ツ矢サイダーって、どんな関係?)三ツ矢サイダーのはじまりは川西市にあった天然鉱泉「平野鉱泉」です。その平野鉱泉を1881年にイギリスの理学者ウィリアム・ガウランドが飲み物として「理想的な鉱泉」として認めたことで、炭酸水の製造がはじまり1884年に「三ツ矢平野水」として発売されました。(三ツ矢マークって、いつからあるの?)三ツ矢マークは平安時代に清和源氏の祖、源満仲が城を築くため「矢の落ちたところを居城にせよ」をのお告げを受け、天に向けて放った矢が現在の兵庫県にある多田沼の「九頭竜(くずりゅう)」に命中。そこで満仲は多田沼を居城とし、矢を見つけた孫八郎に三ツ矢の性と三本の矢羽の紋を与えたことからはじまります。(「平野鉱泉」っていつからあるの?)天然光線「平野鉱泉」が見つかったのは、その源満仲が鷹狩りに出かけた際に居城に近い湧き水で一羽の鷹が足の傷を治して飛び立つのを見て、その湧き水が霊水であることを知ります。それが現在の川西市にあたる多田村平野の天然鉱泉であり、「平野鉱泉」でした。

平成28年度”三ツ矢の日記念イベント”の様子

平成29年3月28日に実施したイベントでは、平日にもかかわらず開始30分前には200人を超える長蛇の列ができていました。用意した三ツ矢サイダー250ml缶1,000セットが、約1時間半でなくなるほどの盛況ぶりでした!

平成28年度イベントの様子1

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